11/22 (日)に、大阪・日本橋のボークスで開かれていた展示会を観に行ってきました。


様々なジャンルの作品がありましたが。中でも目を引いたのはかつて第3回〜第5回のZAODで展示されていた市街地ジオラマ。


 


【市街地ジオラマ】


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デスザウラー vs マッドサンダー。


2週間ちょい前の第6回ZAOD展示会で展示されていた作品ですが、こうして市街地で対峙すると、セスリムニルの戦いを思い起こさせてくれたりして熱いですね


 


展示する会場や見せ方が変わると作品の異なる表情が楽しめるようでいいですねー


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デスザウラーがバランスを失って倒れないようにするための措置として、尻尾には釣具の錘が仕込んであるそうです。


 


某氏の新作、HMMイグアン改造機がカッコよかったので撮りました。


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体型をラプトル型に近づけるため、プテラスの脚部を使用しています。足の爪には鋭利なナイフ状のパーツであるHMMライトニングサイクスのクローを使用。


 


キャップを敢えて使用しないことで「ゾイドっぽさ」から離れようとしているそうです。新しいアプローチだと思いました。


 


 


【自分の作品も】


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「明るい場所で撮ってみたいなぁ」と思っていたライガーゼロを持ち込んでみました。 


デカールの白が照明によく映えています


 


他サイトさんに投稿したのはマーキングを施す前だったので、改めて腰を据えて撮影したいなぁと思いました


 


 


【電飾されたデスティニーガンダム】


眼とパルマフィオキーナ (あるいはデスティニーフィンガー)だけでなく、光の翼や対艦刀、ビームシールドにも電飾が仕込まれていました。


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キラキラと点滅していくようになっておりLED演出は奥が深い・自分もまだまだ入り口にいる程度だなぁとと思いました


 


製作者さんのサイトを見て勉強しようと思っていたところ、YouTubeで動画を発見!!








 【その他印象に残った作品】


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いろいろな作品にインスピレーションを受けたとこで、
次は何をつくろうか今はまったり考え中ですc(´ω`)p
先週、映画「ハーモニー」を観てきました。



この作品、原作の小説は生涯のベスト5に入るくらい好きな本なので、めちゃくちゃ楽しみにしていました。感想等語りたいことがあるので記事にします。

※以下、作品の核心および原作と劇場版の相違に触れるので未だ観ていない方は注意!!!!

※ストーリー概要や登場人物の解説は省略!!




<クライマックス>
 チェチェンの峻厳な山岳地帯にあるバンカーで主人公: トァンとミァハが再会するシーンについて。ここは原作と劇場版で描き方が大きく違っていたと感じられまして、「あれ? と思ったけど映画版の流れもあれはあれで良かったと思う」ということを書いておきます。

原作は、端的にいうと
「父とキァンが死ぬ原因となったミァハが憎い」
→ミァハの望む通りにさせたくないから、「ハーモニーの世界」に行けないように復讐として銃弾を叩き込んだ

映画では
「ミァハが好き」
→意識を失くして『ハーモニーの世界』に行って欲しくないからこの場で死んで

というストーリーにそれぞれなっている、と捉えました。

原作を読んだときは、主人公にとってミァハが復讐の対象になってしまうことで「せっかく再会できたのに、憎しみの対象として対峙しなければならなかった」という悲しさがとても印象的でした。

ただ、主人公がミァハに復讐したいという念を抱いていることがハッキリと語られるのは本編最後の数ページのところでした。それは読み手に唐突に突きつけられる衝撃があったのですが、もしそれをそのまま映像作品として描いたとしたら。唐突さが却って「え? 何で?」という戸惑いになり、ストーリー全体のトーンに不整合がある印象を与えてしまったかもしれません。

映画ではキャラクター同士の触れ合いが濃厚な百合っぷりで描かれていたこともあり、美しく終わっていく印象を与えるために「愛されたままミァハは死ぬ」というシーンになるのは多いにアリだと思いました。

この映画はもともと、「虐殺器官」の後に公開される予定でした。
残念ながら公開延期となってしまった虐殺~ですが、最近読み直したところ「自分を赦してくれる人の喪失」が重要な要素として描かれていると感じました。

そういうわけで、仮に「ハーモニー」を虐殺器官と続けて観た場合、「罪・罰・赦し」という観点が印象に残った状態でこの作品を観ていたということが予想されます。トァンがミァハと再会するとき「トァンはミァハを赦す人にも罰する人にもなり得る」というポイントが浮かび上がってきます。

原作ではトァンは「罰」を与えることを選びました。
一方で劇場版ではミァハを憎まずにいることで、ミァハを赦したように読み取れました。それでいてミァハは撃たれてしまうことで、いわば「人を赦して罪を罰する」ストーリーになった。

だから「二人の関係が美しいまま物語が終わっていくのは原作と違うけど、虐殺器官とは異なる『赦す人がいた』物語として描くことで美しさを印象づけた作品だった」と捉えて肯定したいと思います。

<ラストシーン>
 これは自分なりの解釈ですが、石板のようなものにetmlで物語が綴られていく場所は、死後の世界だったのではないでしょうか。

キァンのような姿の女の子と、ストーリーを綴っていく石板の無機質さは、そのまま「自分の体が自分のものであることを証明しようとして死んだ者」と「わたし=null となった後の世界で死んだ者」
の対比として描かれていたのだと捉えました。

<その他>
・山岳を行くロボットのデザインがすごく良かった。無機質だけどなんか可愛い
・三木眞一郎のイメージがガンダム00のロックオンから更新されていなかったけど、ヴァシロフはハマっていたと思う
・友人がtwitterで「絶対にチェチェンの峻厳な山岳地帯に聖地巡礼に行こうな」と言っていて正気じゃねぇと思った

以上、映画「ハーモニー」についてでした。
たまにゾイド以外の記事を書くのもいいですね
プロフィール

ユミヤシ

Author:ユミヤシ
元: 閃雷です。このたびハンドルネームを変更いたしました。よろしくお願いいたしますc(´ω`)p

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